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熊本地方裁判所人吉支部 昭和44年(ワ)92号 判決 1974年7月16日

原告

那須佐源

被告

椎葉末秋

ほか一名

主文

1  被告らは各自原告に対し金七三二万〇、六七五円およびこれに対する昭和四四年一二月二九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担、その余を被告らの連帯負担とする。

4  この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  原告 「被告らは各自原告に対し金七五〇万八、六六一円およびこれに対する昭和四四年一二月二九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする」との判決および仮執行宣言を求める。

二  被告 原告の請求棄却、訴訟費用は原告負担との判決を求める。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  交通事故の発生

1 日時 昭和四一年七月二四日午前八時〇五分ころ

2 場所 熊本県球磨郡水上村岩野一〇七二番地入谷あき方付近道路上

3 車両 (イ)自動三輪車(被告田崎運転)(以下被告車という)

(ロ)原動機付自転車(原告運転)(以下原告車という)

4 態様 被告車が右現場を東進する際、右道路は右曲りのカーブで見透しの悪いところであるから、前方をよく注視し、危険の際はいつでも急停車の措置をとりうるよう徐行するなどして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然そのままの速度で進行した過失により、対向進行してきた原告車に気づかず、自車をこれに衝突、転倒させた。

5 原告の傷害 第一腰椎脱臼骨折兼背髄損傷、右下腿開放骨折の傷害を受け、その結果、下半身完全運動麻痺、両側膝関節拘縮(屈曲障害)の運動障害、下半身知覚脱失、腹部知覚鈍麻の知覚障害、排尿障害(排尿は留置カテーテルによる)、排便障害(排便は浣腸および摘便による)などの後遺症を受け、労働能力を喪失した。

二  責任原因

1 被告田崎 前記過失により民法七〇九条の責任

2 被告椎葉 被告車を自己のため運行の用に供していたので自賠法三条の責任

三  損害

1 原告は前記傷害の治療のため(1)昭和四一年七月二四日から同年一一月一日まで一〇一日間公立多良木病院に入院、(2)同日から昭和四七年三月三一日まで一九七八日間熊本労災病院に入院、(3)その後自宅療養(4)昭和四七年九月六日から昭和四八年七月二六日までの間一七日同病院に通院、同年五月二八日に古城病院に通院した。そのため、つぎの費用を要した。

(イ) 治療費 一四一万九、七一三円

a 公立多良木病院 二三万五、一二〇円

b 熊本労災病院 一一八万〇、八三八円

c 古城病院 三、七五五円

(ロ) 付添費 一二二万〇、一三二円

(ハ) 装具代 二万二、一五〇円

a 膝関節用器具代 一万七、〇〇〇円

b 車椅子代(一部) 五、一五〇円

(ニ) 入院雑費 二〇万七、八〇〇円

一日当り一〇〇円、二〇七八日分

2 逸失利益

(1) 休業損害(事故時から訴提起まで)六一万五、〇〇〇円

原告は妻とともに雑貨商を営んできたが、原告が働けないため一か月の減収一万五、〇〇〇円、期間三年五か月

(2) 将来の逸失利益二一七万三、八六〇円

一か月一万五、〇〇〇円、年収一八万円可働可能年数一七年間(六三才まで)

ホフマン計算法(複式)で年五分の中間利息を控除

3 慰謝料

原告は本件事故により一生涯不具者として生活することを余儀なくされ、その精神的損害は甚大であり、その慰謝料は二〇〇万円が相当である。

4 損害のてん補

原告は自賠責保険から金一四万九、九九四円の交付を受けた。

四  よつて、被告両名に対し前記損害差引合計七五〇万八、六六一円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四四年一二月二九日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告椎葉の本案前の申立の理由)

原告車と被告車とが衝突した際、被告田崎から現場渡しで砂利を買い受けたのは被告椎葉ではなく合資会社武田建設であるにもかかわらず被告椎葉を相手として提起した本件訴は誤りであり、却下を免れない。

(請求原因に対する被告らの答弁および主張)

一  請求原因第一項の事実中、1ないし3の事実を認め、4は争い、5のうち労働能力喪失の点は不知、その余の事実は認める。同第二項中被告椎葉が被告車を自己のため運行の用に供していた点を否認し、その余は争う。同第三項は不知または争う。

二  被告田崎は被告車を運転し、前記日時場所を進行していたが、同所は左曲りのカーブで前方の見透しが悪いため、いつ対向車が進行してくるかわからないため道路左側を進行していたところ、原告車が道路左側(原告車の進行方向に向つて道路右側)を進行してきたので、これとの衝突をさけるため道路右側に移行して停車して原告車の通過を待つていたところ、原告車は急に道路右側(原告車の進行方向に向つて道路左側)に向つて進行し、停車中の被告車に衝突したものである。したがつて本件事故は原告の過失によるものであつて、被告田崎に過失はない。

三  被告車の所有者は被告田崎であり、同被告が右車を自己のため運行の用に供していたものである。そして当時被告田崎から合資会社武田建設(以下訴外会社という)が現場渡しで砂利を買い受けていたもので、被告椎葉は同会社の代表者(無限責任社員)にすぎない。したがつて被告椎葉はもちろん右会社も被告車の運行供用者ではない。

(被告らの主張に対する原告の答弁および主張)

一  被告の主張はいずれも争う。

二  訴外会社は被告椎葉の個人会社であり、形式上は法人であるが、実質は被告椎葉の個人経営であり、訴外会社の行為は即ち被告椎葉個人の行為というべきである。そして同会社は被告田崎を常時下請として使用していたもので、被告田崎は同会社の指揮監督のもとに被告車を運転して砂利を運搬していたものである。したがつて訴外会社(すなわち被告椎葉)は被告車を自己のため運行の用に供していたものというべきである。

三  かりに訴外会社が被告椎葉の個人会社でないとしても、被告椎葉は右会社の無限責任社員であり、かつ右会社はなんらの資産もなく、原告に対する本件損害賠償債務を弁済する能力がないので、被告椎葉は商法一四七条、八〇条一項により右損害賠償債務を弁済すべき責任がある。

四  かりに以上の主張が理由がないとしても、被告椎葉は昭和四一年九月二五日被告田崎が原告に対し治療費中自賠責保険から支払われる分を控除した金額および休業補償その他の費用として金六七万五、〇〇〇円を支払う旨の示談契約について被告田崎と連帯して右債務を保証することを原告に対して約した。よつて被告椎葉は前記治療費から自賠責保険金を控除した一二六万九、七一九円と右六七万五、〇〇〇円の合計一九四万四、七一九円を支払うべき義務がある。

(原告の主張に対する被告らの答弁)

原告の主張事実中被告椎葉が訴外会社の代表者(無限責任社員)であることを認め、その余の事実は否認する。

第二証拠関係〔略〕

理由

一  被告らの本案前の申立について。被告椎葉の本案前の申立理由は結局、同被告が当事者適格を欠くという点にあると解せられるが、原告の本件請求は同被告に自賠法第三条の運行供用者責任ありとして損害賠償を求めるものであるから、同被告にまさに当事者適格が認められるのであつて、同被告を被告とする本件訴は適法(その理由の有無は別として)であるといわなければならず、同被告の右申立は理由がない。

二  請求原因第一項(交通事故の発生)中、事故の態様、原告の受けた傷害のうち労働能力喪失の点を除き当事者間に争いがない。

そこで、まず事故の態様について判断する。〔証拠略〕によれば被告田崎は被告車を運転して湯前町方面から水上村役場方面に向け前記事故現場にさしかかつたが、同所ははじめ左にカーブし、ついで右にカーブする、ややゆるいS字状の道路であり、幅員約五・七メートルで、平坦な非舗装の砂利道で、左は土手、右は竹垣等があつて見とおしはあまりよくなく、(見とおし距離八〇メートル)、周囲は非市街地で車両、通行人とも交通は閑散としており、当時原被告車のほか通行車両はなかつたこと、被告田崎は右S字カーブの始まるてまえで約七〇メートル前方に原告車が対向してくるのを認め、さらに道路のほぼ中央付近を進行してS字カーブの最初の左カーブにさしかかるころ、原告車が約一五メートル前方を、道路左側(被告車の方からみて右側)に寄り左カーブ(原告車からみて右S字カーブの最初の左カーブ)にさしかかりつつあるのを認めて危険を感じ、右左カーブの道路を右側に寄つて進行しつつ急制動の措置をとつたが間に合わず、S字カーブのほぼ中央付近の道路右側(被告車の進行方向に向つて)付近で原告車と正面衝突したことが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。〔証拠略〕中には、同被告が最初約七〇メートル前方に原告車を認めたとき原告車は道路右側(原告車の進行方向に向つて)を進行していた旨の供述があるが〔証拠略〕によれば、これを否定し、むしろ道路左側を進行していた旨の供述があり、〔証拠略〕をそのまま措信することはできないが、かりに〔証拠略〕どおりであつたとしても、原被告車の距離が約一五メートルに接近した際には、互いにS字カーブの最初の左カーブにさしかかつていたのであるが、被告車の位置は道路のほぼ中央付近を進行しているのに対し、原告車はすでに道路左端(被告車からみて右端)に寄つて進行しているのであるから、被告車としては当然自車を道路の左側に寄せて進行すべきであるにもかかわらず、さらに道路右側に寄つて進行した点に過失があつたといわなければならず、反対に原告車の方に過失があつたことを認めるに足る証拠はない。

三  つぎに、原告が原告主張のような傷害(後遺障害を含む)を受けたことについて当事者間に争いがない。右傷害の部位程度からすれば、右障害は自賠法施行令の障害等級第一級の障害に相当するものであつて、かりに上半身を動かすことはできたとしても、原告の年令(事故当時四三才)、職種(鮮魚、野菜、食料品および雑貨商)等を考慮すれば、原告の労働能力は一〇〇パーセント喪失したものと認めるのが相当である。

四  被告椎葉の責任原因の有無について。まず、合資会社武田建設の運行供用者責任について。〔証拠略〕によれば、本件事故当時被告田崎は被告車を所有し(ただしその月賦購入代金はまだ完済していなかつた)、その車を使用して砂利採取業を独立して営んでいたが、右訴外会社との取引が最も多く、同会社の代表者の被告椎葉の指示により同会社の工事現場に砂利を運搬し、現場渡しの代金を毎月末にその月分を貰つていたこと、以前にも時々右会社の常雇として同会社の仕事をしたことがあり、その仕事の内容は自己の車で砂利の集積されているのを小運搬したり、右会社の人夫の送迎をしたりすることであつたこと、また事故当時も被告田崎の支払いが滞つたりしてガソリンスタンドで石油を入れてくれないため、右会社の名義でガソリンを入れることを認め、同会社がその代金を支払い、その金額を被告田崎に支払う砂利代金から差引くなどの便宜をはかつてやつていたこと、また被告車の月賦代金の支払いが滞つたため訴外会社の方でその代金を融資してやつたりしたことがあるなどの事実が認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。以上の事実からすれば、訴外会社と被告田崎との関係はたんに砂利売買の取引があつただけの関係とは異なり、訴外会社が被告田崎の面倒をいろいろ見てやつており、同被告も同会社の指示に従つて砂利をその指定する工事現場まで届けていたもので、あたかも使用者と被用者との関係にも比すべき人的関係が認められ、本件事故当時も訴外会社の指示に基づきその工事現場まで砂利を運搬していたものであるから、訴外会社もまた被告車を自己のため運行の用に供していたものということができる。つぎに、それでは被告椎葉に同様の責任があるかどうかについて。〔証拠略〕によれば、被告椎葉は訴外会社の唯一の無限責任社員であり代表者となつており、右会社は数年前に設立されたものであるが、その実体は被告椎葉の個人企業に等しいもので、世間一般にも会社と個人とが明確に区別されて取引されておらず、被告田崎も、現実には被告椎葉からの注文あるいは指示により工事現場まで砂利を届けていたが、その際、被告田崎の方で取引の相手が果して会社であるか個人であるかの区別を明確に認識していたものではないことが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。してみると形式上は訴外会社の行為であつてもこれを被告椎葉個人の行為とみることができ、したがつて、前記運行供用者責任もまた被告椎葉個人に対して追求することができるものといわなければならない。

五  そこで損害について検討する。

(イ)  治療費

〔証拠略〕によれば、原告の本件傷害による治療費がその主張どおり合計一四一万九、七一三円かかつたことが認められ、同額の損害を受けたことが認められる。

(ロ)  付添看護費

〔証拠略〕によれば、原告は本件傷害の治療のため付添婦を雇い、その報酬として原告主張のとおり合計一二二万〇、一三二円を支払つたことが認められ(右認定に反する証拠はない)、原告の傷害の部位程度等からみて右付添が必要であつたことは明らかであるから、原告は右金額の損害を受けたものといわなければならない。

(ハ)  装具代

〔証拠略〕によれば、原告は本件傷害の治療のためその主張どおりの装具代合計二万二、一五〇円の支払いを要し、同額の損害を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(ニ)  入院雑費

〔証拠略〕によれば、原告は本件傷害の治療のため昭和四一年七月二四日から昭和四七年三月三一日まで二、〇七八日間の入院を余儀なくされたことが認められ、その間少くとも一日あたり一〇〇円程度の雑費を要したことは経験則上明らかであるから、その総額は二〇万七、八〇〇円となる。

(ホ)  逸失利益

〔証拠略〕によれば、事故当時原告は妻とともに鮮魚、食料品等、雑貨商を営み、昭和四〇年四月から一二月までの九か月で二七万円の収入を得ていたこと、そのうち少くとも二分の一は原告の労働によつて得ていたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。そして前認定のとおり原告は本件事故により労働能力を将来にわたつて全部喪失したものであり、原告は当時四三才であり、その職種等からみても将来六三才までの二〇年間は労働可能であり、少くとも前記程度の収入を得ることができたものと考えられる。そこでその間の原告の得べかりし収入の喪失額をホフマン計算により年五分の中間利息を控除した額を求めると、つぎの計算により二四五万〇、八八〇円となる。

270,000円×1/2×2/9=180,000円……1年間の収入

180,000円×13,616=2,450,880円

(ヘ)  慰謝料

原告の前認定の傷害および後遺障害の部位、程度等からすれば、本件事故によつて原告の受けた精神的損害に対する慰謝料は少くとも二〇〇万円を下らないものと認めるのが相当である。

(ト)  損害のてん補

〔証拠略〕によれば、前記治療費のうち一四万九、九九四円は自賠責保険金によつて支払われたことが認められるので、右金額は前記損害から控除すべきである。

六  以上の理由により被告らは各自原告に対し右損害金合計七三二万〇、六七五円を賠償すべき責任があるから、原告の本訴請求は被告ら各自に対し右損害金およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四四年一二月二九日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、これを認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 綱脇和久)

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